仕事でのテクノロジーの使い方は、10 年前から大きく様変わりしています。
今世紀初め頃は、オフィスのハードウェアとソフトウェアは IT 部門が選択して提供していました。IT 部門はテクノロジーに関する知識も興味もない人々をサポートするという任務に追われ、感謝もされませんでした。英国のシチュエーション コメディである「The IT Crowd(ハイっ、こちら IT 課!)」では、IT 担当者のロイが電話に出るやいなや「はい、IT 課です。再起動はしましたか?」と質問するおなじみのジョークがあります。
しかし個人の iPhone や、Dropbox などのウェブ アプリケーションがプライベートな生活の一部となり、人々がこれらのツールを使用して仕事をするようになってから、IT 部門と働き手の立場は逆転しました。この逆転現象は「IT のコンシューマー化」と呼ばれ、あらゆるレベルの IT スタッフが自分の役割を見直さざるを得なくなりました。CEO が BlackBerry を捨てて iPhone に乗り換えれば、マーケティング チームは Google ドキュメントに切り替え、イラストレーターは会社支給の Windows パソコンを脇に置いて代わりに自分の Mac を持ち込むという具合で、会社のポリシーについて彼らと議論することは無駄な試みでした。
それよりも重要なのは、こうした勝手な振る舞いをする社員のほうが正しいと証明されたことです。ハーバード ビジネス レビューでは、ある CIO が小売担当 VP を会社の懲罰委員会に引きずり出したストーリーを紹介しています。3 年にわたるアップグレード プロジェクトが始まったばかりの社内 CRM ではなく、クラウドベースのシステムを使用していることについて、CIO が小売担当 VP を問い詰めたのです。小売担当 VP の答えは、システムの切り替え以降、自身が担当する事業部門は赤字を脱し、毎月数百万ドルの新規収益が得られるようになったというものでした。この記事の著者は、同じような事例は他にいくらでもあると言います。オンライン ソフトウェアへの移行を会社に気付かれないようにするため、「会社役員が個人のクレジット カードを使用して料金を支払っている例が確認されている」と記事は指摘しています。
この結果、IT 部門は複雑な統合やワークフローが必要な大量の SaaS ツールの面倒を見る羽目になっています。それでも、IT 部門が担うバックエンドの責任は変わりません。稼働時間、セキュリティ、プライバシー、バックアップ、コンプライアンス。これらすべてを、トータル コストに対する厳しい目が注がれる中、余裕のないスケジュールの中で管理しなければなりません。
コンシューマー主導のテクノロジーの導入機会が増えたことから、多くの IT チームは新しいタイプのメンバーを採用するようになりました。黙々と作業に取り組む IT 部門のエンジニアとわがままな社員の橋渡し役です。新メンバーは従来のような技術的なバックグラウンドを持っているとは限らず、デジタル ワークプレイス コラボレーション責任者やコラボレーション ツール スペシャリストなどの肩書きを与えられます。彼らはどのツールを購入して使用するかを指示する代わりに、社員の意見を聞いて検討し、チームや個人が生産性を高め、協力してイノベーションを起こせるようにするには、どのような選択肢を組み合わせることが最善かを上級幹部に助言します。その後、これらのチームと連携して、どうすれば今あるツールを最大限活用できるかトレーニングを行います。
では、具体的にはどうすればよいのでしょう?その変化を実際に体験して受け入れた、技術分野で長年の経験がある 6 人に話を聞きました。
職場でテクノロジーが果たす役割が変化している
ハードウェアとソフトウェアを選定して提供すること。それが IT 部門の役割であった時代は終わりました。10 年前の iPhone の登場がきっかけとなり、CEO、トップ営業マン、エンジニアなど、影響力を持つ社員がコンシューマー向けデバイスを職場に持ち込み、それを業務に使うことを求めるという革命が起こりました。簡単なバックアップ システムを備えた iPhone に続き、Google ドキュメントや WordPress などのサービスが出現する間に、最先端のイノベーションや市場投入までのスピードはコンシューマー向け技術が圧倒するようになりました。
「Apple が、現在日常生活の一部となっているテクノロジーを市場にもたらしたのと同じことが、他のテクノロジー分野、特にコミュニケーションやコラボレーションの分野で起こっています。人々はプライベートで使用しているツールを職場に持ち込むことを望んでいるのです」と Dropbox の CIO であるシルヴィ・ヴェイユは語ります。ヴェイユはその 35 年間のキャリアを通じて、Apple、Oracle、Mozilla、Salesforce などで政府系顧客や産業界の顧客を担当してきました。ヴェイユによると、この 10 年間での選択肢の増加、特にソフトウェアをインストールして使うという形態からソフトウェアをサービスとして使うモデルへの移行は、企業が効率を劇的に改善するチャンスとなっています。
多くの企業で見られたのは、エンタープライズ ソフトウェアからコンシューマー ソフトウェアに切り替える動きだけではありません。紙ベースの分断されたプロセスを完全にデジタル化する取り組みも進みました。材料科学の大手企業である Avery Dennison でデジタル ワークプレイス コラボレーション部門の責任者を務めるムラリ・ネイサン氏は、業務をデジタル化し、仕事を結びつけることは社員の強い味方になると述べています。「デジタル ワークプレイスで重要なのは社員のエクスペリエンスであり、社員のエンゲージメントを促進することです」と彼は言います。「デジタル化とは、過去のやり方を再構築し、見直すことを意味します。再構築のプロセスであり、人間中心の設計アプローチです。」
Salesforce の新規開拓マーケティング担当 VP であるアラン・レポフスキー氏は、コンシューマー向け技術によって創造力とコミュニケーションが解放される様子を目の当たりにしてきました。「映画や芸術を専門的に学んでいない人々が、いとも簡単に絵文字やアニメーション GIF、360 度写真や動画を使いこなし、表現力を高めるために拡張現実や仮想現実までも活用しています。誰もがスマートフォンのカメラを使って一瞬を切り取り、自分のメッセージを全世界に発信できます。これは当たり前のことではありません。どれだけ大きな影響力を持つか、どれだけの可能性をもたらすかは計り知れません。」
また世代交代によって、テクノロジーを常に身近に置いてきた新たな働き手が登場しているとムラリ氏は指摘しています。「ミレニアル世代はこのコンシューマー化によって大きな影響を受けています。彼らは物事がそのまま使用できる準備済みの状態であることを期待します。入社初日から自分のパソコン、スマートフォン、名刺が用意されていることが当然だと考えます。書類に記入して申請するのではなく、すぐに物事に着手できることを望みます。ビデオ通話を行うのに会議室に移動してダイヤルする必要がある、そんなレガシー技術を目にしたら失望してしまうでしょう。そんなものではなく、外出先でもすぐに仕事できるモバイル環境の整備を望むはずです。」
権威主義を脱する
「場合によっては、IT 部門のスタッフが関与する必要さえありません」とヴェイユは語ります。IT の知識よりも、ユーザー エクスペリエンスやお客様対応の経歴がプラスになる場合があります。
「大学の専攻は歴史でした」と語るロビン・アングレー氏は、大手ソフトウェア会社を経て、現在はソフトウェア開発のためのツールとサービスを提供する CloudBees でアジャイル リーダーとして働いています。「私は物事を大きな視点から見るようにしています。歴史上の出来事は、それぞれに多くの要因があって発生しているのです。」
コンサルティング企業である Environmental Science Associates で情報技術ディレクターとして働くスペンサー・マインズ氏は、大学で映画/テレビおよび劇場の制作と設計を専攻しました。同氏はこのように話しています。「私が何よりも重視するのはデザインと体験、つまり見た目や使い心地、付随するストーリー、ユーザー エクスペリエンスです。キャリアの大部分をブランディング デザイン業界で過ごしたことで、物事の違いが生まれる理由についての見識を磨くことができました。」
この新しいテクノロジーの世界では、IT 担当者は社員に仕事のやり方や新しいテクノロジーの活用方法を教えることはもはやできません。Technicolor のコラボレーション ツール スペシャリストであるデイビッド・モスク氏は、「導入を決定するのは私の役割ではありません。それは、私と一緒に働くそれぞれのチーム リーダーの役割です。私は製品スペシャリストとして自分の意見を提供します」と述べています。
この新しい職種に意思決定の権限が与えられることはほとんどありません。彼らの役割は、職場とワークフローを調査してどこに投資すべきかをシニア マネジメントにアドバイスし、チーム メンバーがツールを有効活用して効果的に共同作業できるよう支援することです。マインズ氏は意思決定の責任者ではないことに満足しています。「もともと『指揮統制』型の働き方は好きではありませんでした。それよりも、ニーズや要求に基づくチーム コラボレーションのほうが向いています。」
モスク氏は、IT の人間的側面を捉え、人々が作業をこなすだけではなく、手元にあるものを最大限活用できるよう支援することに誇りを感じています。「私が成し遂げた最も大きな功績は、テクノロジーに苦手意識を持っている人の気持ちを徐々に変えていったことだと思います」と同氏は語ります。
IT 部門には以前のように社員に働き方を教える権限がなくなりました。人々がどのように考えて行動するかを理解できることが、ソフトウェアやハードウェアに関する詳しい知識よりも重視される時代となっているのかもしれません。アングレー氏に、「それは無理だ」と気乗りしない様子のエンジニア チームを説得して、「できます!」に変えたという前職でのエピソードを紹介してもらいましょう。
「彼らを部屋に呼び、落ち着いて要件を詳しく説明しました。その後、部屋にいるチーム メンバー 1 人 1 人に、この仕事が彼らにとってプラスとなるようにするにはどうしたらよいか尋ねました。エンジニア チームのメンバー全員に、すばらしい問題解決力があることはあらかじめわかっていました」とアングレー氏は言います。「しかし、問題解決能力が高いだけでは十分ではありません。それ以外にも必要な専門知識があることを認めなければなりません。全員に話を聞き終えるころには、テクノロジーの新しい提供プロセスをうまく進める方法を話し合いで見つけ出していました。」
IT 部門には以前のように社員に働き方を教える権限がなくなりました。人々がどのように考えて行動するかを理解できることが、ソフトウェアやハードウェアに関する詳しい知識よりも重視される時代となっているのかもしれません。
内から外へ、外から内へ
この新しいタイプの IT スタッフは、整備士というよりもコンシェルジュに似ています。もっとはっきりと言えば、悪い癖を助長することなく、チームがスムーズに仕事を進められるよう支援するのが役割だということです。IT 部門は今後も決まった予算で運営していかなければなりません。つまり、IT スタッフの人数にも彼らが割ける時間にも限りがあります。
Avery Dennison のネイサン氏は、バランスを取ることが重要だと述べています。「社内の業務プロセスに沿って機能し、ビジネス上の目的と目標を満たすようなツール、デバイス、アプリケーションをどのように提供できるでしょう?セキュリティは非常に大きな要素です。また、次世代の働き手に、これまで使っていたものが取り上げられたと感じさせないような方法でなければなりません」と同氏は言います。「コラボレーションの世界は変化しています。」
同氏は、IT 部門は従来のトップダウン方式の組織的な枠組みを脱し、ボトムアップ型のアプローチに移行すべきだと主張します。「デジタルの世界で適切なアプローチは、内から外/外から内に働きかけることです。リバーシブル仕様の手袋を考えてみてください。一方の面は、社内での仕事によって外の世界とつながり、製品やサービスを届けることを表しています。反対側の面は、その裏側です。自分がどのように見られているか、ブランドは何か、コア バリューは何か。誰かがあなたと交流したり、仕事をしたりしたいと思う理由は何か。この変化の激しい世界では、自分が自分を変化させなくても、誰かに変化させられることになるでしょう。」
現在、地球上のほぼすべての企業がデジタル トランスフォーメーションを加速させており、IT 部門に対するプレッシャーと注目はかつてないほど大きくなっています。在宅勤務が当たり前になった今、デジタル ワークプレイスのコラボレーション スペシャリスト(名前が何であれ)は、単なる最先端のアイデアではなくなりました。彼らがうまく機能すれば、社員はテクノロジーに関する自分の発見やインサイトを会社全体で共有でき、IT 部門は何を提供してサポートするかについて最善の選択を下せるようになります。彼らは整備士ではなく、仲介役なのです。彼らの成功を測るのは売上高でもデータ量でもありません。そうではなく、社員が仕事で生産性を遺憾なく発揮できているか、楽しんで仕事ができているかという、誰もが考えたことのあるこの 2 つが判断の指標となるのです。